最近忙しくて更新できていません。申し訳ありません

すみません。更新速度が遅い飯田です。

サッカーについて今回も書いていきます。

たまに、コーチって選抜とかに入ってたんですよねとか聞かれます

入ってたコーチもおられますが私は選抜に選ばれたこともなければ練習会に呼ばれたこともありません。

小学校2年生から高校3年まで約11年、現役でやっていましたがレギュラーだった期間はトータルで5年間ほどです。

小学生のころに至っては、レギュラーだったのは4年生の間だけです。

前にも書きましたがリフティングは5年生でやっと100回を超えました

中学生では中2から引退するまで

高校では1年生の春でレギュラーになりインターハイ予選も出場しましたが、2年生になったときBOLTのコーチになったため、練習試合、公式戦共に出場していません。練習に参加していただけの、半幽霊部員です。

あんまりたいした成績を残していないコーチです。

小学生時代は、本当にダメダメだったような気がします。

気持ち的にも負けたくないとかサッカーが上手くなりたいとか思っていたわけではないですし、みんながやってるからやってたという感じだったと思います。

身体能力的にも仲間から劣っていた。

消極的であきらめてばかりいた僕が変わったのは中学生になってからだと思います。

チームに「こいつには絶対に負けたくない!」って奴がいて、そいつに負けないように練習したし、監督にアピールしました。(伝わってたかどうかは不明)

それから、好きなことは誰にも負けたくないって思うようになりました。

負けず嫌いがゆえに反則もいっぱい犯したし、(ファール、ダメ絶対)

審判に文句言ったり、相手選手を挑発したり、ユニホームを引っ張ったり、やってはいけないことをしてしまったこともあります。反省しています。

でも負けず嫌いになれたことに後悔はしてないです。

努力しても努力しても50メートルは6秒8から速くならなかったし、テクニックもあまりうまくならなかった。試合で得点したのは人生で2回だけ。

身体能力もテクニックがないからこそ、どうすれば自分がレギュラーになれるか、チームのためになるか考えられた。

人より汗をかき、辛くて痛い思いをして、人のために囮になり、時には狡いプレイをするプレイスタイルになれた。

前半で体力が枯渇するまで走る、ペース配分が出来ない選手だったけど、それぐらいしないとレギュラーになれなかった。決して褒められた選手じゃないけど、目立つ選手じゃないけど、絶対エースになれない選手だったけど、そんなプレイスタイルで楽しいのかって聞かれることもあったけど、僕はみんなでサッカーをするのが大好きでした。

この気持ちをBOLTのみんなにも味わって欲しいと思います。テクニックがなくてもレギュラーになれるってことを教えたいです。

その為にサッカーのコーチをやってるんだと思います。

これからも頑張っていきたいです。

文章能力がなくて読みにくくなっているかもしれません。申し訳ありません。

 

ちなみに、肺の病気のこともあるし、今、現役の時のプレイスタイルでサッカーをするのは無理です。できれば、BOLTのみんなと本気でサッカーをしたいんですけどね。